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千葉地方裁判所 昭和52年(ワ)167号 判決 1978年9月22日

原告 千葉信用金庫

右代表者代表理事 斉藤隆

右訴訟代理人弁護士 中島皓

被告 特別清算会社 京葉機工株式会社

右代表者特別清算人 真木洋

被告 千葉県

右代表者 千葉県企業庁長阿部晃

右訴訟代理人弁護士 大阪忠義

被告 黒木達也

主文

一  被告京葉機工株式会社および被告黒木達也は各自、原告に対し金七、四二五万四、三九六円および内金六、六二〇万円に対する昭和四八年六月一六日から、内金八〇五万四、三九六円に対する昭和四八年七月一日から各支払済まで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告と被告京葉機工株式会社間において、被告京葉機工株式会社が清算人真木洋名義で訴外株式会社富士銀行虎ノ門支店に対して有する金六、八五三万〇、四七二円の預金払戻請求権に対し、被告京葉機工株式会社が原告のために別紙物件目録記載の土地につき設定した別紙抵当権目録記載の抵当権および根抵当権に基づく原告の物上代位が及ぶことを確認する。

三  原告の被告県に対する請求および被告京葉機工株式会社に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五等分し、各その二を原告および被告京葉機工株式会社の負担とし、その一を被告黒木達也の負担とする。

五  この判決主文第一項は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

(主位的請求)

一  主文第一項と同旨。

二  原告と被告京葉機工株式会社(以下、単に「被告京葉」という。)間および原告と被告千葉県(以下、単に「被告県」という。)間において、被告京葉が原告のために別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)につき設定した別紙抵当権目録記載の抵当権及び根抵当権(以下、「本件抵当権及び根抵当権」という。)が各存在することを確認する。

三  被告県は被告京葉に対し、本件土地につき昭和四七年一〇月一七日付土地売買契約に基づく買戻代金六、八五三万〇、四七二円を支払ってはならない。

四  被告県は原告に対し、金六、八五三万〇、四七二円およびこれに対する被告県が被告京葉に対して本件土地につき昭和四七年一〇月一七日付買戻特約に基づいてなす買戻実行通知書の被告京葉への送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言を求める。

(予備的請求)

主位的請求第二項の訴が認められないときは、主文第二項と同旨の判決を求める。

第二請求の趣旨に対する被告京葉、被告県の答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第三請求の原因

〔主位的請求に対して〕

(請求の趣旨第一項の請求)

一 原告は被告京葉に対し、別紙債権目録記載内容の各金銭消費貸借契約(以下、「本件消費貸借契約」という。)を締結して各金員を貸し渡し、被告京葉はその所有の本件土地に右を被担保債権として本件抵当権及び根抵当権を設定し、各登記を了した。

二 被告黒木達也は本件消費貸借契約につき、各貸付日に被告会社のため、原告に対し連帯保証した。

三 しかるに、被告京葉は昭和四八年五月三一日東京手形交換所より取引停止処分をうけた。よって同被告は右各債務につき、同日期限の利益を喪失したところ、右同日における証書貸付による貸付金六、九〇〇万円の残元本額は金六、六二〇万円、手形貸付による貸付金一、五〇〇万円の残元本額は金八〇五万四、三九六円であるからその合計は金七、四二五万四、三九六円となる。

四 よって、原告は被告京葉と被告黒木に対し、各自金七、四二五万四、三九六円およびこれに対する内金六、六二〇万円に対する弁済期経過後の昭和四八年六月一六日から、内金八〇五万四、三九六円に対する昭和四八年七月一日から各支払済まで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(その余の主位的請求)

一 ところで被告京葉は本件土地を昭和四七年一〇月一七日被告県から代金六、八五三万〇、四七二円で買受け、その際、期間を昭和五六年一〇月一六日まで、契約費用をなしとする買戻の特約をし、昭和四七年一二月二七日右所有権移転及び買戻特約の各登記手続を了した。被告京葉が原告に対し本件抵当権の設定登記をなしたのは、その後の昭和四八年一月二四日、根抵当権の設定登記をしたのは同年五月二六日である。被告県は買戻期間内の昭和四八年九月二二日前記売買代金を書面より提供して買戻す旨、意思表示した。

しかしながら右買戻は無効である。即ち、

(一) 買戻が有効になされるには、買戻の意思表示と同時に買戻代金の現実の提供を必要とするとするのが判例、通説であるところ、被告県は買戻の意思表示の際、代金の現実の提供をなさなかったから、右買戻は無効である。被告県および被告京葉は、その後の昭和四八年一一月一日の被告県による買戻代金の供託によって買戻は有効に成立した旨主張するが、右供託は買戻の意思表示の後になされたものであるし、供託を現実の提供と同視することもできない。さらに被告京葉は供託された買戻代金を昭和五二年三月七日受領したから、同受領により買戻は有効となった旨、主張するが、無効な意思表示が後日に至って有効となる謂れはないものである。民法第一一九条によれば無効な意思表示も追認により有効となることがあるが、被告県の主張によれば買戻の意思に変化がないことの確認を以て「新たな意思表示」と擬制するのであり、一旦無効とされた意思表示がその基礎となった事情に何らの変化もないのに突如有効となるというのであるが、そのような解釈は採れない。右意思解釈はまさしく被告県と被告京葉との妥協の産物であって、そのような単なる両者の了解をもって現実の提供ありとされ、新たな買戻行為がなされるというならば、原告の如き第三者の利益を害すること著しく法的安定性を欠くこと夥しい。買戻に応じた被告京葉の原告に対する背信性および一旦無効とされた買戻を再度糊塗しようとする被告県の態度は到底是認できないものである。買戻権の行使が解除権の行使である以上、その行使には限界があるというべく、そうであれば、新たな買戻行為を認めるべきではない。従って、被告県の買戻は依然として無効であり買戻はなかったというべきである。

(二) 被告京葉と被告県間の本件土地についての買戻の特約は、権利濫用ないし公序良俗違反の契約として無効とされるべきである。即ち、民法に規定する買戻はあくまで担保としての機能を予定したもので、本件の如き地方公共団体の土地払下げに適用されるべきではない。かかる不当な買戻が頻発するならば、地方公共団体の行政に協力して融資を行った全国の金融機関は危機に陥らざるを得ないことになる。また、本来の買戻において買戻価格を当初の売買価格とするのは、担保的機能よりみて、使用資金の利息と当該物件の使用による収益とを対当額で相殺処理することに他ならない。しかるに、本件の如く、担保的機能をもたない買戻においては、被告県が被告京葉(ひいてはその債権者、担保権者ら)との関係上、被告京葉の資金を無利息で使用したうえ、当該物件を価格の変動に拘らず、当初の売買価格で買戻すという被告京葉に損失を被らせる結果となっている(現在の本件土地の時価は約九、九一二万円と推定されており、被告県は再度の売却で差益を上げる公算大である。)。このように右買戻特約は法律的にも経済的にも実態に即さず、かつ被告県以外の各関係者に一方的に不利益を押しつけるから無効である。

二 買戻が無効であるときは、原告の本件抵当権および根抵当権は覆滅しない。よって、右各権利の滅失を主張する被告京葉と被告県に対し、右各権利が存在していることの確認を求める。

三 また、被告県において、本件紛争の早期処理を図るため、前記買戻が無効であることを認めたうえ、将来、再度被告京葉に対し、買戻の意思表示をなし、買戻代金を支払う虞れが少なくない。原告不知の間に右支払がなされるときは、原告は本件抵当権および根抵当権に裏付けられた優先弁済をうける手段を失う公算大である。よって、買戻代金の被告京葉への支払禁止を求める。

四 さらに、被告県が将来再度買戻をなすときは、原告は被告県に対し本件抵当権および根抵当権に基づく物上代位権の行使により買戻代金とこれに対する買戻実行通知書が被告京葉に送達された日の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるところ、右被告らの態度から予め給付を求めておかなければ実効を期し難いから、原告は被告県に対し右将来の給付を請求する。

〔予備的請求に対して〕

一  仮に前記買戻が有効であるとしても、原告の本件抵当権および根抵当権は買戻権者の被告県に対抗できないだけで被告京葉やその他第三者には対抗しうるものである。もし、それを右の者らにも対抗できないとすると、被告県が買戻をした時点においては、原告の右各担保権は適法に公示されているのに拘らず、買戻がなされるや、原告が右各権利を失なうに反し、担保権設定債務者たる被告京葉や一般債権者はにわかに利益を得る結果となり、これでは全く不公平である。

二  そして、買戻により、被告京葉が被告県に対して取得する買戻代金請求権に本件抵当権及び根抵当権に基づく物上代位が及ぶものである(農地法第五二条三項、土地収用法第一〇四条等の類推適用)。

三  ところで、被告県は昭和四八年一一月一日買戻代金六、八五三万〇、四七二円を民事訴訟法第六二一条第一項に基づき千葉地方法務局に供託し、右供託金は被告京葉において昭和五二年三月七日、還付受領したものの、被告京葉は先に千葉地方裁判所より同庁昭和四八年(ヒ)第四四号命令で「被告京葉が買戻代金たる供託金を取戻した場合には清算人名義で富士銀行虎ノ門支店に預金して保管すること」を命じられていたので、右金員を同銀行に預金し、現在も預金中である。従って、右預金が被告京葉の一般財産に混入する虞れはなく、特定性は維持されているものである。

四  原告は民法第三〇四条一項但書に定められている差押をしていないが、しかしこれは東京高裁の決定で、原告は物上代位権を有しないとの理由により原告において物上代位に基づきなした差押は許されないと判断された結果、その執行処分が取り消されたという特別事情に起因するものである。また被告京葉が昭和四八年一一月七日特別清算会社となったことにより商法第四三三条、第三八三条第二項によって原告としては被告京葉に対し差押を行なうことができない状況にある。

五  よって、原告は被告京葉に対し、買戻が有効である場合を慮って予備的に同被告の訴外富士銀行に対する金六、八五三万〇、四七二円の預金払戻請求権に対し、原告の本件抵当権および根抵当権に基づく物上代位権の存在確認を求めるものである。

第四請求原因に対する被告京葉と被告県の認否および主張

〔被告京葉〕

(認否)

一 主位的請求に対する請求の趣旨第一項の請求についての請求原因第一ないし第三項の事実は全て認める。

二 その余の主位的請求に対する請求原因第一項の頭書の事実は、買戻が無効であるとの点を除いて認める。

同第一項(一)の事実は被告県が原告主張の日に買戻代金を供託し、被告京葉がその主張の日に還付をうけている事実のみ認め、その余の事実および同第一項(二)の事実は否認する。

三 同第二項の請求を争う。

四 予備的請求に対する請求原因事実については、原告のなした差押は無効としてその執行処分が取り消されたこと、被告京葉がその主張の日に特別清算会社となった事実は認めるが、その余の点については争う。

(主張)

一 被告県の買戻の意思表示は買戻代金が供託された時点で効力が生じた。仮に右時点では効力は生ぜず、買戻代金の現実の提供があった時より効力が生ずるとしても被告京葉は被告県より次の通り現実の提供をうけたものである。即ち、右供託金は昭和五二年二月上旬頃、訴外千葉銀行、同伊那倉庫、原告の各(仮)差押取消決定が確定したことにより被告京葉において還付をうけられる状態となった。そこで被告京葉は被告県から本件土地の買戻の意思に変化のないこと(新たな買戻の意思表示と解し得る。)および供託中の買戻代金と利息を被告京葉において受領するも異議はないとの表意(現実の提供ありと解し得る。)を受けたので、右表意に基づき、被告京葉が千葉地方裁判所に還付手続の申請をし、同裁判所は被告県にその意思の確認をしたうえ、被告京葉に同裁判所が保管中の供託書を必要書類と共に交付したので、被告京葉は昭和五二年三月七日買戻代金および供託利息の還付をうけて受領した。右受領したことにより被告県の被告京葉に対する買戻の意思表示は有効に完結した。従って、本件土地の所有権は売買の時にさかのぼって被告県に復帰し、買戻の特約登記後に設定された本件抵当権及び根抵当権は当然に消滅した。抵当権及び根抵当権は設定された物件の上に存するもので、当事者間の債権債務上に存するものではないから、被告京葉に対する関係でも、右権利が存在する余地は全くない。

二 また、買戻代金返還請求権は、売買契約の解除により支払済の売買代金につき生ずる不当利得返還請求権であって、抵当権の目的物件の交換価値が変形したものとは解し得ないから物上代位の対象となるものでもない。

〔被告県〕

(認否)

一 主位的請求に対する請求の趣旨第一項の請求についての請求原因第一ないし第三項の事実は不知である。

二 その余の主位的請求に対する請求原因第一項の頭書の事実および同項(一)、(二)の事実についての認否は被告京葉のそれと同一である。

三 同第二ないし第三項の請求を争う。

四 予備的請求に対する各請求原因事実についての認否も被告京葉のそれと同一である。

(主張)

一 被告県が昭和四八年九月二二日なした買戻の意思表示はその後の同年一一月一日付民事訴訟法第六二一条第一項に基づく買戻代金の供託により有効となったものである。

被告県が買戻代金を供託したのは次の事情による。即ち、右買戻代金請求権は被告県が買戻権を行使する前に原告やその他の債権者から競合して三個の仮差押を受けていた。このような状態であったから、被告県が被告京葉に買戻代金の現実の提供をすれば即座に受領されて仮差押債権者から後日民法第四八一条により損害賠償を請求される危険があった。そこで被告県はやむおえず民法第六二一条第一項に基づく供託をし、千葉地方裁判所にその事情届と供託書を提出したものである。右の如き特別事情があるときは、買戻代金の提供は必要でなく、買戻の意思表示に前後して買戻代金の供託があれば買戻は有効となると解すべきである。また買戻の意思表示と代金の提供を同時にさせるのは買主の保護を図ってのことであるところ、買主たる被告京葉はその後異議なく買戻代金の供託還付をうけて買戻を承諾しているのであるから本件買戻を無効にしなければならない理由は全くない。

従って、原告の本件抵当権及び根抵当権は昭和四八年一一月一日以降、被告県に対抗しえなくなったものである。

二 被告県の本件土地の買戻権行使は買戻特約内容に従って行なったもので何ら不当や無効と云われる筋合でない。被告県は被告京葉にその造成した港湾用地である本件土地をその土地上に昭和四八年一一月を竣工予定とする倉庫等の建設義務を課し、右義務の履行ができないときは買戻ができる旨の特約を付して売却したところ、被告京葉は右倉庫等の建設をしないのみならず、昭和四八年八月二七日会社解散決議をし、右義務の履行ができないことが明らかになったので、被告県は買戻をしたものである。原告は被告県の行政目的に添って被告京葉に融資したのに、買戻がなされれば、担保物件が失なわれ融資した者は危機に陥いることになるというが、それは融資した債権の保全に万全の措置を講ずれば回避できることであって、本件の場合にあっては買戻代金債権に権利質を設定する方法により原告の債権は保全されるのである。

三 被告県に対して被告京葉への買戻代金の支払禁止を求め、かつ原告への将来の給付を求める訴も承服できない。被告県と被告京葉間の買戻は代金の授受も終了し、完結しているのである。また原告がその主張の金員の支払をうける権利を有するのであれば、直接被告県に支払請求をすれば足り、被告京葉への支払禁止を求める必要は存しないものである。

四 さらに、原告は予備的に物上代位による支払請求をなすのであるが、物上代位の要件として物上代位者は買戻代金の払渡前にその差押を要するところ、原告の差押は千葉地方裁判所で昭和五二年二月二三日取り消された。従って原告は物上代位の要件を欠くに至ったから被告県に対し物上代位により買戻代金の支払請求を求めることはできないのである。

第五証拠関係《省略》

理由

第一  主位的請求に対する請求の趣旨第一項についての請求の原因第一項の事実は、原告と被告京葉間では、その主張の金員を貸渡し、金六、九〇〇万円の貸付では、借主が手形交換所の取引停止処分をうけたときは、支払につき期限の利益を喪失する旨の特約があり、金一、五〇〇万円の貸付では、その支払期日が昭和四八年六月三〇日とされていたこと、遅延損害金の率はいずれも年一八・二五パーセントであったこと、被告京葉は本件土地にその主張の抵当権および根抵当権を設定し、その旨の登記を了していることにつき、争いがなく、原告と被告県との間では、右各登記がなされていることにつき、争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は被告京葉に対し、右金員を貸渡したことが認められる。

第二  同第三項の事実中、原告と被告京葉間では、被告京葉が昭和四八年五月三一日東京手形交換所より取引停止処分をうけたことおよび前第一項の金銭消費貸借中、金六、九〇〇万円の貸付残は金六、六二〇万円、金一、五〇〇万円の貸付残は八〇五万四、三九六円であって、右残金合計が金七、四二五万四、三九六円となることは争いがなく、原告と被告県との間では弁論の全趣旨により右事実を認め得る。

〔主位的請求について〕

(被告京葉および被告黒木に対する支払請求)

第一  前記第一、二項によれば、被告京葉は原告に対し、金七、四二五万四、三九六円および内金六、六二〇万円に対する弁済期経過後の昭和四八年六月一六日から、内金八〇五万四、三九六円に対する弁済期経過後の昭和四八年七月一日から支払済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払う義務がある。

第二  被告黒木は適式の呼出をうけながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他準備書面を提出しないから、民事訴訟法第一四〇条第三項により原告の請求の趣旨第一項の請求に関する請求原因第一ないし第三項の事実をすべて自白したものとみなす。右事実によれば被告黒木は原告に対し、前項の被告京葉と同一内容の支払義務を負う。

(抵当権、根抵当権の存在確認請求)

第一  その余の主位的請求についての請求原因第一項頭書の事実中、被告県が被告京葉に本件土地をその主張内容の買戻特約付で売り、その旨の登記をしたこと、買戻特約の登記は原告の本件抵当権および根抵当権設定登記よりも先であること、被告県が昭和四八年九月二二日買戻代金の現実の提供をなさずに、買戻の意思表示をなした各事実は、原告と被告京葉、被告県の間で争いがない。

第二  そこで、買戻無効の主張について判断する。

一  《証拠省略》によれば、被告県は昭和四八年九月二二日に買戻の意思表示をしたものの、既に買戻の意思表示以前に将来の債権たる買戻代金債権に対し、訴外株式会社千葉銀行(債権額七、〇一九万三、八五一円)からの仮差押決定(被告県に同年六月二日送達)、訴外伊那倉庫運輸株式会社からの申立による破産宣告前の保全処分(被告県に同年六月二三日送達)および原告(債権額八、一二〇万円)からの仮差押決定(被告県に同年九月一日送達)がなされていたため、右意思表示に際して被告京葉に代金を現実に提供することができず(買戻通知書にその旨断わると共に裁判所の判決による執行等があればいつでも債権者に支払できる用意がある旨、申し添えている。)、さらに右意思表示の後、買戻代金債権が現実化したため原告による債権差押および取立命令(被告県に同年一〇月二五日送達)が出されたところ、その直後に被告京葉の清算人より被告県に対し、右差押、取立命令の効力には疑義を有しているので被告県は買戻代金を原告に対し支払うことのないよう申入があったため、被告県は同年一一月一日右代金を千葉地方法務局に供託し、千葉地方裁判所に事情届を提出したことが認められる。被告県としては原告の債権差押・取立命令は本件抵当権および根抵当権の物上代位に基づくものであるため、右物上代位権の存在に疑義がないならば原告に対し、他の債権者に優先して支払うこともできるが、被告京葉は物上代位権の存在を争っており、物上代位権の存否について誤まった判断を下して原告に右代金を支払ってしまうと後に前記仮差押債権者らから損害賠償の請求もされかねないため、民事訴訟法第六二一条第一項により供託をなしたものである。

二  被告県は、叙上のように重複した(仮)差押があり、かつその優先順位についての判断が困難な事情にあったのであるから、買戻代金を第三債務者の権利として供託できるものであり、供託したことによって買戻代金を適法に提供したと認められる。そして本事案では供託前になされた買戻の意思表示が供託当時には撤回されていたと認められる特別の事由もないから、遅くとも供託によって買戻の効力は生じたというべきである。

三  なお、成立に争いない乙第一号証(原告・被告京葉間の執行方法に関する異議申立事件の即時抗告に対する東京高等裁判所決定)では「買戻はその意思表示と同時に代金を提供しなければ、効力が生じないのであるが、被告県が被告京葉に対してした買戻の意思表示には、これと同時に現実の提供がなされていないことが明らかである。被告県は現実の提供をしない理由として被告京葉の債権者らから仮差押がなされていることを挙げているが、適法な買戻権の行使がないのに代金返還請求権が生ずるわけがないから、右仮差押はいずれも存在しない債権に対してなされたものとして無効といわなければならない。従って、被告千葉県が買戻をなすについてはその意思表示と共に代金返還についての口頭の提供をしただけでは足りず現実の提供をしなければならなかったのに、それをしていないから買戻は無効である。」と判断されているが、発生の基礎となる法律関係が存在し、内容確定が可能であれば、条件の成就等が殆んど期待できないため、財産的価値を認め得ない例外的場合を除き、条件付の将来発生し得べき債権であってもそれを仮差押できる。そして、《証拠省略》によれば、被告県は被告京葉が本件土地上に倉庫等を建設しないときは買戻権を行使できるところ、被告京葉は昭和四八年五月三一日に手形取引停止処分をうけ、同年八月二七日には株主総会の決議により解散したことが認められるから、前記最初の仮差押決定がなされた当時から被告県が買戻権を行使することは充分予測しえたのである。買戻以前になされた前記仮差押はいずれも有効であると云うべきである。従って、被告県は買戻代金の現実の提供を禁じられていたものである。仮に右仮差押決定が無効であるとしても、裁判所による右仮差押の取消決定がない以上、それは効力を有しているから、それを無視して、被告県に現実の提供を求めることはできない。被告県は買戻の意思表示に際して、口頭の提供をすれば足りたものである(然しながら、被告京葉および被告県は口頭の提供については言及せず、供託による買戻の有効を主張するので、買戻の有効、無効については供託時点で判断した。)。

さらに買戻期間内に買戻の意思表示と右提供とがなされれば足り、必ずしもそれらを同時になす必要はなく、それらが同時になされない以上は買戻は無効であるという解釈はとらない。右意思表示と右提供とが具備されて初めて、買戻の効力が生ずると解すれば、それらが同時でなくても買主・売主の保護・公平に欠けることはないからである。また、右高等裁判所の決定は口頭の提供で足りるとすべき特段の事情が認められないというのみで、供託をした場合にそれで足りるか否かについては何ら触れていないと認められる。

四  原告はさらに、本件土地の買戻特約は権利濫用ないし公序良俗違反の契約として無効であるというが、《証拠省略》によれば、本件土地は被告県が造成した港湾用地であって、被告県は同用地としての発展を図るという行政目的から被告京葉に本件土地に倉庫等を建設し、倉庫業を営業することを義務づけて本件土地を売却したものと認められるから被告京葉が右義務を履行しないときは、右売買契約を解除できる旨(買戻)の特約は行政目的に添い、合理性を有するものである。そして、当事者間で債権担保を意図するものではないが、民法の買戻の規定に則り、当初の売買価格で買戻す旨、約してもそれは契約の自由の範疇にある。原告は被告県の行政に協力して被告京葉に融資をした原告を苦境に陥らせる買戻は濫用であると主張するが、その基因は先ず原告が本件抵当権および根抵当権を設定するに当って、本件土地の権利関係について、或いは被告京葉の経営内容や信用に関する調査を充全にしなかったことにあるのであるから、権利の濫用をいうのは該らない。

第三  そうすると、被告県の買戻は昭和四八年一一月一日にした供託により有効と認められるから、買戻の無効を前提として、被告京葉および被告県に対し本件抵当権と根抵当権の存在確認を求める訴はその理由がないことに帰するから、これを棄却する。

(前記請求以外の主位的請求について)

原告の被告県に対する買戻代金の支払禁止およびそれの将来の給付請求も、前記買戻が無効であることを前提としたものであるから、いずれも失当として、棄却する。

〔予備的請求について〕

(物上代位権の存在)

第一  前記買戻が有効であるとすれば、原告は被告県に対しては、民法第五八一条第一項により本件抵当権および根抵当権を対抗しえない。しかし、右担保物権の設定義務者たる被告京葉および被告京葉の債権者等、買戻権者以外の利害関係人に対してもまた、買戻権者と等しく右権利を対抗しえないと解さねばならないであろうか。買戻による解除に絶対効を認めるときは、原告の右担保物権を設定した被告京葉や後順位担保権者(《証拠省略》によれば本件土地には原告の一番と二番の本件抵当権および根抵当権設定登記の他に、訴外株式会社千葉銀行が第四番の根抵当権設定仮登記、訴外株式会社川島屋が第五番の抵当権および第七番の根抵当権の各設定登記を有している。)および一般債権者に対しても原告において、抵当権等を設定したことが全く無意味となる反面、右の者らは買戻権が行使されたばかりに思わぬ恩恵を受けることになるが、他人による買戻権行使の有無により買戻権者以外の者の間の法律関係に変動を来たすことは当事者間の公平、信義則上から避けるべきである。また、右の者らは買戻がない場合も想定して法律関係を結んだと思料されるから、買戻による解除の絶対効を認めなくても、右の者らが受ける不利益は不意打的ではない。そして、買戻は解除であるから民法第五四五条第一項但書の趣旨により解除の効果を受ける者の範囲は必要最小限にすべきであって、登記をした買戻権者(又はその承継人)に解除の効力を認めるのみで、買戻の目的は達せられるのである。買戻の特約が登記により公示されているとしても、そのことから必然的に契約解除の効果が全ての利害関係人間でも絶対的にその効力を及ぼすという結論にはならない。

以上により、買戻による目的不動産上の担保物権の覆滅を対抗しうるのは買戻権者だけと解すべきであるから、原告は被告京葉に対しては本件抵当権および根抵当権を主張することができるものである(もっとも、次に述べるように物上代位すべき物がないときは、抵当権は目的物を失なって消滅する。)。

第二  そこで、本件抵当権および根抵当権は本件土地の価値変形物が存しないときは、担保目的物を失なって消滅するが、それが存するときは右各権利は消滅することなくそれに物上代位するのであるから、買戻代金は本件土地の交換価値を具現したものと認められるか、否かについて考える。

前記東京高等裁判所の決定は「買戻代金債権は買戻によって生ずる不当利得返還請求権であって、これは抵当権の目的物の交換価値の変形したものと解しえず、民法第三〇四条の物上代位の対象物のうちのいずれにも該当しない。」という。成程、買戻代金請求権は原状回復義務として生じ、法律的には発生原因を別異にするものではあるが、判例は抵当不動産の損害保険金さえ代位物と解しているのである。原状回復義務は有償双務契約における給付と反対給付を等価交換的に復帰させるものであり、民法第三〇四条、農地法第五二条第三項、土地収用法第一〇四条等より物上代位の対象物として各認められている売買代金、買収代金、補償金はいずれも担保物権の目的不動産と対価的に交換される物である。抵当権は目的不動産の交換価値の把握を目的とする権利であるから、特定性を有し、経済的に目的物に代わる物であれば、それに物上代位を認める方が物上代位規定を設けた立法者の意図にかない、また抵当権を設定した当事者の意思に添うものであり、当事者間の公平にも資するものである。買戻代金に対する物上代位を認めないときは、担保物権者の地位は著しく不安定になり、ひいては、債務者に於ても一旦、買戻の登記がなされるとその不動産の担保価値は零と看做されるから、当該不動産を担保に供して融資をうける道が閉されることになる。そして、買戻代金は民法第三〇四条の「目的物の滅失によりて債務者が受くべき金銭」という文言からも外れない。

よって、本件抵当権および根抵当権が、被告京葉の被告県に対して有する買戻代金請求権に物上代位することを認めるべきである。

第三  ところで、《証拠省略》によれば、被告県は昭和四八年一一月一日買戻代金を供託し、被告京葉が昭和五二年三月七日右供託金と供託期間中の利息の還付をうけたが、同被告は昭和四八年一一月一九日千葉地方裁判所同年(ヒ)第四四号命令により還付をうけたときは右金員を訴外株式会社富士銀行虎ノ門支店に清算人名義で預金することを命じられていたため、同銀行に右還付金を預金し、現在も預金中であることが各認められる。

従って、原告の物上代位も買戻代金請求権に対するそれから、現在では訴外株式会社富士銀行を第三債務者とする金六、八五三万〇、四七二円の預金払戻請求権に対するそれに移行しているのであるが、右の変更は買戻代金の保管方法の変更によるものに過ぎず、代位物性を具有していることに変りはないから、原告の本件抵当権および根抵当権は右預金払戻請求権に物上代位するものである。

第四  差押の要否について

民法第三七二条により準用される民法第三〇四条但書によれば、原告が右預金払戻請求権に対して物上代位するには、被告京葉が右払戻をなす以前にそれを差押えることを要するところ(原告は被告京葉が特別清算会社であるから、一般債権によっては差押できないが、本件抵当権に基づく物上代位によれば差押できるものである。)、原告はそれをしていないが本事案においては、それなくして物上代位を認めうる特段の事情があると考える。即ち(一)右預金は裁判所の命令によるものであるから裁判所の許可なき限り、被告京葉は右預金の払戻をすることができず、裁判所に於ても原告の物上代位権の不存在が確定しない以上、右許可しないと思料されるから、特定性の保全・維持に欠けることはない。(二)原告は物上代位に基づき買戻代金請求権に対して、昭和四八年一〇月差押をなし(《証拠省略》によれば、同差押は昭和五二年二月取消されているが)、本件訴訟も提起して物上代位を主張しているから、優先権の保全策を講じているものであり、被告京葉に対する他の債権者らも債権者集会等を通じて、原告の右主張および買戻代金の推移を知悉しているであろうから、物上代位も公示されていると云える。(三)仮に、画一的な公示には欠けるとしても、被告京葉は特別清算会社であって、一般債権者らは強制執行をなし得ないのであるから、右の者や第三債務者たる前記銀行をそのために害する虞れはないものである。(四)さらに、右の如く特定性の維持と公示の点からみても差押の必要を欠くうえに、買戻代金請求権に差押をしたが物上代位が認められず、差押が取り消され、本訴で物上代位権の存在確認を求めて訴訟中の原告に対し、物上代位に基づいて右預金払戻請求権を差し押えるよう期待することはできない。

以上の如き、特段の事情を認め得るから、原告は差押をしていないが、右預金払戻請求権に物上代位することができると云うべきである。

第五  被告京葉は原告の右預金払戻請求権に対する物上代位を争っており、それの存否は原告と被告京葉の利益を左右するから、原告と被告京葉間で右物上代位権の存在確認を求める利益もある。以上によれば、原告の右物上代位権の存在確認を求める予備的請求は正当であるから、これを認容する。

〔結論〕

よって、原告の主位的請求中、被告京葉と被告黒木に対し、各自金七、四二五万四、三九六円および内金六、六二〇万円に対する弁済期後の昭和四八年六月一六日から、内金八〇五万四、三九六円に対する弁済期後の昭和四八年七月一日から各支払済まで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める請求は正当であるから、これを認容するが、被告京葉および被告県に対し、本件抵当権および根抵当権の存在確認を求める訴および被告県に対し、買戻代金の支払禁止と将来の給付を求める各訴はいずれも理由がないから、棄却することとし、原告が予備的請求として被告京葉に対し、前記金六、八五三万〇、四七二円の預金払戻請求権に対し、本件抵当権および根抵当権に基づく物上代位が及ぶことの確認を求める訴は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原昌子)

<以下省略>

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